今ネットでの記事を見て亡くなった自分の父親のことを思い出しました。国から死んで
から勲章もらってましたね。表彰状はでかくて母親が家に飾っていましたが死んでから
もらってもろうし、本人がもらっても嬉しかったのか、どうかも分かりません。でもく
れるなら生前が良かったのに。自分が盛岡から千葉に来たのも父親への反発はかなりあ
ったし、盛岡は自分の住む場所ではないと思っていたからにほかありません。今思って
も本当に糞真面目な父親で何が楽しみで生きていたのか、全然分からないような、そん
な父親でしたね。
自分の家系はあまり酒も強くないので酒も飲む感じではないし、家の中は本だらけで今
思うと先生もやって何故お金が家になかったのか。後から思うと不思議でした。その理
由は後から分かるんですが、結局自分自身が原因ではなかったのです。オヤジらしいっ
ていうか本当に「バカっていうか」。でも尊敬はしますね。自分が子供の頃、生徒のた
めに反社会勢力とやりあったのもありましたし、卒業生が慕って成人になっても家に来
たりしてましたから。そして自分は全然面倒も見ないで全部母親任せで、痴呆症になっ
た父親を放っておきました。もともと口数の少ない父親ですが厳しかった。殴られたの
は数知れません。でも全部自分が悪いので仕方がないと当時から思ってましたね。家の
家族は痴呆症と言ってるのに私に話をするときは、何故か正常なんです。どうも時々は
正常なようなのでした。風邪をこじらせて死ぬのですが、亡くなった姿もあまりに歳老
いて父親のようには思えませんでした。
自分も30年以上務めた会社を辞めた後も結局は「父親を超えられていないじゃない」
そんな気持ちになっています。到底、父親ほど自分は真面目でもなんでもない。もちろ
んだから誰からも勲章だってもらえない。結構、オヤジも無理をして時々倒れたりして
ました。そういう意味では母親から「絶対に無理をするな」と言われましたが、結局は
2度大きな病気で入院してましたし。自分の場合は仕事と言うより不摂生。それしか言
いようがないです。そういえば本当にお世話になった妻側のお父さんも亡くなってます
が勲章頂いてます。某県の部長職だった方ですが部長全員が頂けるわけでもないようで
す。運が良いとか生前言ってましたが、運じゃなくて実力だったように思ってます。
人格者でしたね。そう皆に助けられて自分は生きてる。そうなんですよね。本当に。